障害者の結婚とカミングアウト

こんにちは
猫ママです (/・ω・)/♪

本日は障害者の結婚に伴う障害の取り扱いについて。

現在21歳の猫家の長男も結婚を前提としてお付き合いをしている彼女がいますが、
婚約から早1年半・・・

本当は去年あたりの入籍を考えていたんですが、長男が事故を起こし、車の購入を余儀なくされたことで貯金がなくなりまして (´・ω・`)
保留状態。

一定の貯金額に達するまではお預け状態となっておりますが、
彼は、彼女に障害のカミングアウトを済ませております。




●カミングアウト・長男の場合

長男が猫ママに「結婚したい」と話してきたのは、彼女と付き合って半年ほど経ったころ。

「指輪を買いたいから一緒に来てほしい」と言われ、
「婚約指輪?」と聞くと頷きました。

 

それまで2人の姿を見ていて感じていたところはあったので驚きはしませんでしたが、
やはり気になるのは障害のこと。

 

その少し前から、「結婚したいとなった時・・・」と心配はしていて、
記事にしたこともあります。
(この時は変なアンチが沸いて記事が途中で終わってます)

 

「彼女に障害のことは話してあるの?」と聞きました。

長男「付き合って三か月くらいの頃、”結婚したい”と話したら、彼女の方から
”いいけど、私なんかもってるよ?  それでもいい?”

と言われた。
だから、”俺もだよ”って、その時に自閉症だって話した」

とのことでした。

 

詳しく聞いてみると、診断こそ受けていないものの、幼少期に言葉の遅れがあり、言語訓練に通ったことがあったと。

 

今21歳(今年22歳)この子たちが2歳やそこらの頃に「言語訓練に通っていた」ということがどういうことか。

 

お母さん頑張ったのはもちろんですが、何らかのわかりやすい特性がしっかりあったんだということは明確ですし、
実は猫ママ付き合って二か月やそこらの頃に

「〇〇ちゃんて特性ありそうじゃない?」と言って一瞬長男を怒らせたことがありますです。(ごめんね長男)

 

結果的に見立てとして猫ママの勘は当たっていたんですが、問題なのはそこではない。

猫ママがその時確認したこと。

「将来生まれた二人の子供が障害者であっても受け止めて育てていけるか」

 

このまま長男に投げました。

長男「大丈夫」

 

いんや、そうじゃない。現実はそんなに甘くないんだよって話をちょっとしつこく。

猫ママが話した内容はこう。

・発達障害は「遺伝する」と確定しているわけではないけれど、その確率は現実的に健常者より高いし、個人的にはなんらかの障害や特性をもって生まれてくる確率の方が高いと思う。

・その「障害」は知的障害ももちろん含む。

・自分たちが何とか生活できる障害だからと言って子供も同じような障害とは限らない。

・その場合、私や彼女の親が「障害者を育てた」という姿とは違う子育てが待っているかもしれない。

・それでもあなたたちは子供を育てることができるか

 

帰ってきた答えはこう

・障害者が生まれるかもしれないことはわかっている。

・現実が甘くないこともわかっている

・もしそうなったら猫ママに相談するかもしれないけれど、知識を持った猫ママがいてくれる分心強い

・彼女も発達障害児が生まれるだろと言っている。

・それでも子供が欲しいし、知的障害やその他重度の障害があったら落ち込むかもしれないし困るかもしれないけど、頑張りたいと思ってる

 

こんな感じ

長男の「わかっている」が「浅い」ことは目に見えていますが、
この時の彼の眼は真剣だった。

後日、彼女からも同様の話があり、「結婚」に同意しました。




だがしかし。

 

猫家はOKでも、相手方がどうかというと話はまた別。

こちらは診断を受けて、「障害」として受け止めていますが、言語訓練に通った過去があったからって、彼女のおうちがそれを「障害」として取り扱っているかと言えばそうではなく。

 

結果的に今は問題なく会話はできるし(特性はありますが、のんびり屋さんの天然女子で済む範囲)恐らくその自覚はない。

そうなった時に長男と彼女としては「彼女の両親に長男の障害に関していうべきか否か」という課題にぶつかりました。

 

ここの関しては猫ママも「うーーーん・・」と頭を悩ます問題。

 

ただ、長男が言うように「わかってて言わずに籍を入れるのは誠意にかける気がして」ってのも痛いほどよくわかる。

 

 

ただ、だからってなんでもかんでも言うことが正しいとも限らないのが大人の世界。

不誠実だと言われても、それはそれで言ったから無駄にややこしくなることも現実あるわけで。
話すとしてもタイミングが難しい・・・

親子で何度も話し合いました。

 

結果→
●彼女の両親から、彼女の障害の可能性の話があった。

 

結果的に、この時同席していた彼女が長男の障害についても話してくれた。

そして、「お互いさまで安心した」と、猫ママが長男にした話と同じような話があったそうです。




結果的に、猫家の長男夫妻?は、ある種理想的な形に収まり、今後の結婚生活や子育てにおいて起きる問題はさておき、「カミングアウト」の課題はクリアできたわけですが、
相手の親御さんがそんな話をしてくれなければどうしていましたか?と聞かれたら・・・

親御さんにはひとまず話さなかった可能性が高いです。

これは、彼女自身と話したことでもありますが、
せっかく長男のことをかわいがってくれているのに、変な水を差したり余計な心配をかけることはないんじゃないか   とのことだったんですね。

正直、親に話すか話さないか  というのは、猫ママの範疇は超えているかな  とも思っていて、
長男は、「自分の親に」「話そう」と話したわけで、そこに相手の親御さんの意思はもちろんないし、それを報告するもしないも本来長男の自由です。

 

それと同じように、彼女の親にどう話すかは彼女が把握している事柄なら彼女自身が決めることなのかな・・・と。

 

なので彼女に任せる形に収まっていたんです。
いざとなったらもちろん長男が盾になる覚悟で。

いずれ話さないといけないだろう・・・とは話していたんですが、そんなことを言っていたら相手から振ってくれたのは、ずるいかもしれませんが正直有難かったです。





●障害者が結婚するということ・子供を持つこと

そこに伴うリスクと責任と、権利

 

客観的に「障害者の結婚」を外側から見た時、一般的に言われるリスクの方が先に立つのは当たり前だと思います。

 

それは、本人たちももちろんですが、意外と親御さんの心配の方が先に立つもので。

 

若い二人であれば、なおさら現実をより知る親の方が心配するのは当たり前ですし、
不安になるのも当たり前だと思います。

逸れこそ惚れた腫れたでのぼせ上ってればなおさらのことですが、結婚は「二人」だけの問題ではない ということが大きく顔を出しますね。

 

 

ことさら、「遺伝」を心配されることが多いのもまた当たり前の話で、それは単純に生まれた子供の将来を心配する気持ちと。
その障害のある子供を育てる自分の子供の苦労を心配するのと、両方の心配が浮かぶわけで。

 

特に母親はそんな心配が大きいですし、
中には「世間体」が優先な方ももちろんいます。

 

じゃあって自分の子供に障害者がいて「障害」自体に偏見がなくても、だからこそその苦労を味合わせたくないという親心もある。

 

知らずに結婚して、あとになってわかった  とか、
はたまた結婚してから障害者になったというならまた話は違うんでしょうが、最初から分かっていたらわかっている分難しい・・・。

 

私自身は結婚してから障害が分かったので、そんなもの結婚する前にどうすることもできなかったし、子供だってすでに三人設けていたのでそれだってもう四の五の言ってる暇なんてなかったわけですが、
先にわかっていて
選べてしまう  というのはある意味残酷ですね。

「選ぶ」「選ばない」で思い浮かぶのは、この場合猫ママは「出生前診断」が思い浮かびます。

 

「障害」があるかどうか・・・
生まれてきて、その顔を見て、
抱っこして、育てて、

それで「障害」があると言ったら、「失くす」という選択肢は基本的にはない。

 

けれど、生まれる前にわかると「選べてしまう」わけです。
でも、綺麗ごとじゃない。

 

何らかの障害がある と生まれる前にわかっていて、出産を選択する夫婦は少ないと聞きますが、それは誰も責める権利なんてありません。

 

生まれてくる子供自身のこと、
育てる親のこと、自分自身のこと。

 

それはその人たち自身の人生で、だれも口出しできるものではないですよね。

それと同じような感覚で、
どうするか、どう受け止めるかは本人たちの人生でしかなく、口出しができるかっていううと難しいですが、
どちらも同じように周りは心配するし、できるだけ「苦労のない道」を勧めます。

 

逆に、彼女がバリバリの健常者だったら猫ママは首をかしげたかもしれません。

それはなぜかって、感覚的なところでお互いに不和が出るんじゃないかと心配になるからです。

 

いくらできることが多くても、やはり発達障害者の感覚というのは健常者には耐え難いことの方が多いですからね。

 

正直、同じ障害があってよかったと思いますし、
そうでなければ結婚しようなんてお互い思わないとも思います。
(いろんな形の夫婦がいますので、他人を批判しているつもりはありません。あくまで猫ママ個人の話)

 

でも、例えそうであっても決めるのは本人たちですが、大抵年寄りの言うことは聞いた方がいいことの方が多かったり。

 

「ほれ見たことか」となったりならなかったりするんでしょうが、

結婚である以上「家」の考え方は一定の水準で反映しますし、
だからって

「障害者だって関係ないじゃない!!! 」

てのが素晴らしいわけでもないし、

「障害者なってとんでもない!!!」

てのが人でなしなわけでも全然なくて。

 

障害があるないだけでなく、性格や家柄、収入や価値観、そんなもので選ぶのと同じように、障害者にも健常者にも、同じように「選ぶ権利」と「幸せになる権利」は共存しているんだと思います。

 

カミングアウトを選んだとして、そこで「NO」なら、
障害があるからいけないんだ  ってことではなくて、

 

単純に「縁がなかった」ってこと。

 

 

親が一人だから同居してほしい  って言われて、「それはちょっと・・」ってのと同列ではないかもしれませんが、似たようなもんかな・・・と思います。

縁がなかったね  と。

 

事柄自体を同列に並べるつもりはありませんが、
その気があればやり方や方法を考えるだろうし
だからって「どうにかなるだろ」って強行したら後で後悔したりしますよね。

 

それと同じように、冷静に精査すべき問題だし、どちらを選んでも仕方ないと思います。

なので、例え障害をカミングアウトして話が反転してしまったとしても、過度に「障害」のせいにして落ち込む必要もないと思いますし、
断られたからって相手を責めるつもりもありません。

言い方悪いでが、「合わない」人と無理して一緒になってもあんまりいいことはないと思いますし、
障害があるからって「結婚”してもらう”」必要もないです。

 

障害者にも選ぶ権利はあるし、幸せになる権利もある。
そして同じように相手にも選ぶ権利がある。
それだけの事。誰が悪いわけでもありません。

 

 

と、猫ママは思います  というお話 (/・ω・)/♡

 

なので、この先子供たちが障害を理由に相手方に反対されるようなことがあったら、本人の落ち込む気持ちを思うと胸が苦しくなるし、傷ついた彼らを励ましたいとは思うでしょうが、「縁がなかったね」と思うと思います。

 

そうでなくても今どき結婚なんて本人の自由で、いろんな生き方が認められている時代です。
こだわる必要もないと思いますが、それも含めて本人の自由ですから。

 

ただやはり、母親として・・は、
そんな風に自分を卑下するような傷つき方はできるだけしないでほしいとも思ってしまうもので・・・

いいご縁がありますように  と願うばかりですね。

 

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