障害者の自立の形

おはようございます
猫ママです(/・ω・)/♪♪

先日書いた「障害者の結婚」の記事に関して、
コメントの中で「自立」という言葉を使った猫ママ。
(前回の記事は下記のリンクから)

障害者の結婚とカミングアウト

「結婚」というワードは、
親元から離れ、「二人で」新しい家庭を持ち、生計を中心とした社会生活を「自分で」成り立たせていく。

 

ある種「自立」の象徴のイメージ。

 

もちろん、それ以前に「自分一人の生活」の管理や運営を行えて初めてたどり着くことができるのが前提でしょうが、障害者を子に持つ親の思いの終着点は常にここ。

 

「この子は自立できるんだろうか?」

 

という不安ですね。

 

これは健常者での親でも同じように心配をしますが、
自立することが当たり前で、それが「一人前」の象徴、もしくは「条件」である健常者と違い、障害者の場合はその「自立」が最大の「目標」になることも多くあり。

 

健常者にとってのそれは最低限の当たり前の条件、「できる」前提で、
目標はさらにその先にあるものですが、

障害者の場合はそうではないですよね。

 

「働く」「生きる」

その当たり前の環境を整え、継続することは結構大変で、
意外と多くの能力とスキルが必要なこと。

 

健常者にはどうしてもわかりにくいですが、障害者の親は小さなころからそんなことばかり考えています。

 

 

前回の記事で長男との会話の中に
「自分たちが何とか生活することができる障害だからって」という表現が含まれていますが、

それだって「できている」かと言ったら答えは「NO」

 

比較対象の問題としてそう表現しただけの話で。

長男のプライバシーや彼の尊厳を尊重して書いていないだけで、
課題や問題は今でもきちんとありますし、
その質はきちんと「通常の域」を超えています。

 




●障害者の自立とは?

障害者の自立。
そのためのはどうするべきかを考える時には、今一度「障害」という言葉の意味をしっかり理解したうえで受けとめる必要があります。

 

発達障害、身体障害、
精神障害、その他難病に知的障害。

 

これらの「障害」というものは、「治らない」ことが前提であること。

 

分かっちゃいるけど、「大人」になったら、時間が経ったら。

「良くなる」ものだという「希望」が捨てきれない。

 

そんな親御さんによく出会います。

 

*ここからちょっと表現や内容が直接的になります。
不愉快な思いをする方がいたらごめんなさい。

*念のため。
「ずっとなにもできない」とか「成長しない」という意味ではありません。
そのことはまた別の話。

 

 

変な話、重度の知的障害があった場合「生きていく」うえで大前提である「障害支援・サポート」

自立の範囲は果たしてどこにあるのか?

 

健常者と同じように、生活に伴う全ての事柄を一人で賄うことは物理的に不可能です。
できないところは「支援込み」でいいから「クリアすること」の方がずっと大事。

 

自立って色んな範囲がありますが、身辺自立が生涯難しい人だっていますし、
生活自立が難しい人だっていますよね。

 

そんなイメージで「サポート」っていうと、どうしても大げさな「介護」とか「看護」範囲・・
「福祉」のイメージが前に出やすいですが、それだけがサポートなわけではありません。

 

障害者の場合の「自立」の範囲も
「親の傘の下から外れること」と定義するとして、

 

そのために必要な事柄を「サポートを含めてクリアすること」を目標にする。

 

 

「生涯サポート」と言われるその対象は決して「重度」の方だけではないということ。

そしてそれが、大人になってからの障害者の生活において、最終的には最大の課題であり、
最大の「助け」「安心」につながることを、親は早い段階で受けとめるべきです。

 

「いつになったら一人で生きていけるのですか?」

 

と言われれば、

猫ママは、
「一生誰かに手伝ってもらって生きていくことが理想です」と答えます。

手伝う?(´・ω・`)♡
(今回は癒しの動物シリーズでお届けしています。)

 

障害と付き合いながら生きていく。
それは重度の方も軽度の方も同じこと。

 

単純な話で、
生涯継続する障害ならば、生涯何らかのサポートを受けて生きていくのが当たり前だと思いませんか?

 

それを一人でやらせようとしたり、家族だけで何とかしようとするからひずみが生まれ、
二次障害が生まれるんです。

 

無理なものは無理なんだから、どこかで開き直って「助けて」って言えた方が絶対楽。
それは障害者だけでなく家族にとってもです。

 

でも、だからって「何とかしてください」って丸投げして、自宅では本人に無理難題押し付けてたら意味ないのは、子供の療育でも同じことですよね。

 

大切なのは、「一人で」生きていくようにすることではなく、
サポートの範囲と方法、そしてその分担を確立することです。




●障害者が生きていくために必要なサポート。
受けられるサービスや金銭的な支援は?

じゃあって実際どんな支援が必要で、外に手伝ってもらうのならばどんなサービスがあってどうすれば受けられるの?って話になるんですが、

 

そこに関しても現在の福祉サービスは多岐にわたりまして、

 

割と何でも助けてもらえます。

 

基本的に福祉サービス利用については各自治体の範疇で、その判断も地方自治体単位での認定が多いですが、
こと年金や手帳に関しては国の管轄ですね。

 

単純に障害年金だとか、手帳とか、
生活介護や短期入所やグループホーム。

 

「生活」の枠で見るとそんなところが先に浮かびますが、
分かりやすい「支援」だけではなく
「わかりにくい支援」の方が実は切実だったり。

 

 

猫ママのブログはその性質上高機能や境界線の方やその親御さんが多いので、
就労・年金なども含めて「高機能」の方にスポットをあてて具体的な
「生涯サポートの在り方」をつづりたいと思います。

●高機能の障害者を取り巻く環境と障害当事者の気持ち

何度もブログの中で触れているように、
近年は高機能の障害者に対する認知や理解が広がり、10年前と比べたら雲泥の差でその支援の輪も広がってきました。

 

一昔前は「性格」や「個性」だと言われ不理解に苦しんでいたことが、

「発達障害なんです」というとほんの少しでも「考えてくれる」人が格段に増え、
存在すら否定されてた頃と思えば生きやすくなりましたね。

 

ただ、そうはいっても「理解」の範囲や幅はまだまだ狭く、
実際の生活において適切な理解と支援を受けて生活できている高機能の障害者はとても少ないと思います。

 

中でも、ちょうど現在社会人になる年齢の子供たちには、診断こそあっても適切な支援が施されず、難しい課題を残したまま大人の入り口に差し掛かってしまった若者がとても多いように思います。

 

高機能であるがゆえに気づきの時期が遅れ、
小学校高学年や思春期時代に診断をうけたものの、二次障害と重なった状態で不登校や人間不信などを起こし、
その課題をクリアする時間が足りずに18歳を超えてしまった子供たちですね。

 

表現が適切ではないかもしれませんが、
この年代より上の世代だと、基礎疾患が二次障害に埋もれ、しっかりこじらせている人が圧倒的に多い印象です。
(基礎疾患→ 根底にあるの障害・疾患を指します。先にあった物  みたいなイメージ。
この場合は発達障害関係を指しています)

 

*この記事は性質上表現が直接的になります。
*障害自体にも数値にも二次障害にもしっかり斬りこんでいくので、苦手な方や不安定な方は回避してくださいね




時代的に、彼らが小学校に入学してしばらくしたころに特別支援に関する法改正があり、文科省の指針自体が変化した世代で。

我が家の長男がちょうどこの世代にかぶりますが、4つ違いの次男が入学時に高機能の発達障害に関する支援の指針がスタートしたので、「はざま」の世代ですね。

その親御さんにとっても、「発達障害」というものの正体がまだつかみ切れてなかった時代。

 

自閉症だとかADHDだとか、それが「障害」というのであれば「重度」のイメージが強く、
高機能であれば「性格」や「個性」のイメージが強かった時代です。

 

そんな時代に親子で「あやふやなまま」きてしまった。
そんな親子がとても多いですね。

理解しているつもりでどこかでまだ受け入れきれない。
そして、「大人」に分類される年齢になったことで最初に親自身が、「本人に求める姿」を変化させてしまっている。

 

これは、もちろん社会でも求められるものなんですが、
「社会人」になったとたんに変わるんですよ。
親自身の子供へ求める「子供像」自体が。

 

「急には無理よね」って思いながら、無意識に「自立した状態」を求めている。

 

いやいや そんな、
日付変わったからっていきなり「大人」になんかなりませんよ って 笑

 

本人の「立場」に合わせた課題やハードルにいきなり親が勝手にぶつかってるんですよ。
そんな焦んなくていいから一回落ち着きましょうか  っていつも思います。

年齢として「大人」になろうが、「社会人」になろうが、目の前の子供は
「昨日と同じあなたの子供です」

 

よくも悪くも、子供は何にも変わってない。
変わっているのは「周りの見る目」です。

 

発達障害者が社会に出てぶつかる大きな壁がまさにこれ。
「子供うちは許されても、大人になったら許されないこと」

それを最初に親が率先して作ってしまう。

 

心の奥底に斬りこむようで申し訳ないんですが、

「まだ子供だから。
そのうちきっとわかるように・できるようになる」

って、どこかでずっと持ち続けてきた証拠だと思います。

 

無意識にそこに希望をもってごまかしてきてしまった。
だってうちの子「普通に」できることいっぱいあるし。

 

それだけつらかったってことです。
責めるつもりはありません。

そんなつもりがないのはもちろんですが、
「〇〇歳になったのにいまだにこんなこともまともにできないでどうするのかしらこの子」みたいな感覚、
このタイプの親御さんには少なからずあると思います。

 

そしてそれが、「支援」を遠ざける原因にもなるんですよね。
だからこそ、どこかで必ず「絶望」するべきなんです。
親なんだから、障害があるってわかって平気なわけがない。

でも、受けとめないと、ある意味「自分」がつらいです。

 

「発達障害」は、「子供時代に終わる障害」ではない。

 

酷なようですが、遅くともこのタイミングでの切り替えを強くお勧めします。
毎度毎度エラそうで申し訳ないんですが、「大人の障害者」に日常的に接している猫ママの本音です。

 

 

なぜ、まず親御さんにこの姿勢を求めるのか。

 

それは「本人が自分と向き合うため」です。

 

最終的に親は先に居なくなるのが通常であれば、本人が考えるべきことややるべきことが当然あります。
ですが、親子関係というものは、
例え本人が「自立」したとしても心理的な面では半永久的に続くもので、

「いくつになっても親は親だし、子供は子供」なわけで。

 

根底の発達心理にも通ずるものですが、
子供というのは、いくつになっても無意識に親に対してに承認欲求を持ち続けるもので。

それは30歳になっても40歳になっても変わりません。

 

 

親に認めてもらう  ということは、人間にとって最低限の条件化のように存在するもので、それは本人のモチベーションや向上心、そして幸福感に深くかかわります。

 

「自分は障害者である」

 

ということを真の意味で受け入れ、前に進むためには、
障害に対する考え方や受け止め方も大きく関わりますが、それ自体も周りが障害に対してどう思っているかだけでなく、

 

「自分が周りからどう思われているか」

が大きく関わってくるのです。

 

そして、その影響が一番大きいのが「親」だから。

 

 

10代から20代の間は特に、親御さんの態度一つで子供の姿は大きく変化します。

 

・・・で、この時期を過ぎてしまうと、
今度は親子関係が反転するような出来事が出てきます。

 

親は年を取りますし、
子供は勢力を増してきます。

 

「大人」と言ってもまだ若い時期に、親子関係をしっかり構築することはとても大事。

 

踏ん張る時に踏ん張らないと、
親か子か、

 

 

どちらかが、相手を「切り捨てる」選択をすることになりかねないので、注意が必要ですね。




●自立した生活を送るために必要なこと

脅すようなことを言いましたが改めて。

 

まずは、
将来親元から離れて瀬尾克を維持するために必要な項目をピックアップ。

 

項目ごとに拾い出していきたいと思います。

生活していくために必要な項目は主にこの三つ。

1.生活基盤の確保
2.収入の確保
3.監理体制

この3つの事柄を樹立するために必要なことを形どるための方法にはいくつかの選択肢があります。

 

1.生活基盤の確保

①親との同居
②一人暮らし
③グループホームの利用
④入所施設の利用

 

2.収入の確保

①自分で働いて稼ぐ
②公的支援を受ける
③障害者年金を受給する

 

3.監理体制

①自分で全て管理する
②支援者に管理してもらう
③後見人を置いて管理してもらう

 

単純に分けていくとこういった形に分けられます。

 

 

で、これらをバランスを取りながら本人の状態に合わせて組み合わせて、ちょうどいいところを探していくわけですが、

 

実際誰がどの程度の支援を受けらるのかとか、
この項目自体の中身を具体的にどう分類して判断するのかってのがポイントなわけで。

 

次回はそんなところを細かく見ていきたいと思います。

 

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